アルゼンチンタンゴの歴史 港町の音楽から、世界の文化遺産へ

アルゼンチンタンゴは、1880年代ごろにラプラタ川流域(アルゼンチンとウルグアイ)で生まれたとされ、2009年にユネスコの無形文化遺産に登録されました。
静かに抱き合うように歩く、アルゼンチンタンゴ。その歴史は、港町の音楽から始まりました。
ラプラタ川流域で生まれる
タンゴは、1880年代ごろ、アルゼンチンとウルグアイの境にあるラプラタ川の流域(ブエノスアイレスやモンテビデオなど)で生まれたとされています。ミロンガ(アルゼンチンの音楽)、ハバネラ(キューバやスペインに関わる音楽)、カンドンベ(ウルグアイのアフロ系のリズム)などが混ざり合ったと説明されています。当時は、港町の酒場など、にぎやかな場所で演奏されていたようです。
パリから世界へ
20世紀の初めに、ブエノスアイレスの音楽家やダンサーがヨーロッパへ渡り、パリでタンゴが大流行しました。その後、ロンドンやベルリンなどにも広がり、1913年ごろには、ニューヨークにも伝わったと説明されています。
黄金時代と新しいタンゴ
1930年代後半から1950年代ごろ(1940年代が中心とされます)は、タンゴの黄金時代と呼ばれることがあります。のちに、アストル・ピアソラが、ジャズやクラシックの要素を取り入れた「ヌエボ・タンゴ」(新しいタンゴ)を生み出しました。
ユネスコの無形文化遺産に
2009年に、タンゴは、アルゼンチンとウルグアイの共同提案で、ユネスコの無形文化遺産に登録されました。
ミロンガで受け継がれる
今も、世界中で「ミロンガ」(踊る場)が開かれ、タンダやカベセオなどの作法とともに、踊り継がれています。作法は、地域や主催者によって違います。基本はアルゼンチンタンゴとミロンガにまとめました。
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参考にした情報源
※ 歴史の記述は、上記などの公開情報をもとにした概要です。細部には諸説あります。