サルサの歴史 キューバの音楽からニューヨーク、そして世界へ

サルサは、キューバ音楽を土台に、20世紀半ばのニューヨークで、プエルトリコなどからの移住者を中心に育ち、1960年代にファニア・レコードを通して広まったとされる音楽とダンスです。
サルサは「ダンスの名前」であり、「音楽のジャンルの名前」でもあります。どんな道のりで、今の形になったのでしょうか。踊るときに少し思い出すと、曲の聞こえ方が変わるかもしれません。
ルーツは、キューバの音楽
サルサの土台には、キューバの音楽があります。ニューヨークに移り住んだ人たちが、それぞれの土地の音楽を持ち込み、混ざり合って育ったと言われています。
1940〜50年代のニューヨークでは、マチートらがキューバの音楽をジャズやビッグバンドと融合させ、のちのサルサの下地になったと説明されることがあります。
ニューヨークで育つ
20世紀の半ば、プエルトリコなど、カリブ海の地域からニューヨークに移り住む人が増えました。ニューヨークのラテン系の人々が暮らす地域で、この音楽は、自分たちのアイデンティティを表すものとして盛り上がっていったと説明されています。
ファニア・レコードと「サルサ」という名前
1964年に、ジョニー・パチェーコとジェリー・マスッチがファニア・レコードを設立しました。ファニアは、1968年に、所属するミュージシャンを集めた楽団「ファニア・オールスターズ」を結成し、1970年代にかけて、ニューヨークのこの音楽を、ラテンアメリカ各地へ広げたと説明されています。
パチェーコが、この音楽を「サルサ」(スペイン語でソース)と呼んだ、という説明があります。ただし、「サルサ」という言葉の由来については、諸説あります。
踊りの側から見ると
音楽が広まるにつれて、踊りも地域ごとに育ちました。キューバのスタイル(キューバン/カシーノ)、ニューヨークやLAのスタイル(On1/On2)など、いくつもの踊り方があります。違いは、サルサとはにまとめました。
今も変わり続けるサルサ
サルサは、一つの完成した形があるわけではなく、各地の人々が混ぜ合わせながら、今も変わり続けているダンスです。札幌で踊るときも、その流れの一部に入ることになります。
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参考にした情報源
※ 歴史の記述は、上記などの公開情報をもとにした概要です。細部には諸説あります。